空手時代写真を発見♪

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このイオンのCMを見て、めっちゃ懐かしかった。

空手にはね、相手と戦う組手っていう部門と、一人で行う型という部門があるんです。

これは型といいまして、『観空大(カンクウダイ)』という名前の型です。

 

僕も小学校から高校まで空手少年だったので、非常に懐かしいわけです。

もちろん、このカンクウダイもできました。

こうやってみると頭の中で体が動くわけですよ。

でもまぁもう演武はできませんけどね(笑)

ちなみに、、、Chris Brown – Yeah 3x のMVでもあるんですけどね、、、

この1:30くらいのところの型みたいなダンスが最高にカッコよく感じるのは僕だけでしょうか?

空手知らない人や興味のない人も、Chris Brown さまのおかげでなんて思ってるんですが、、、

おそらくカッコイイダンスっていう印象なんでしょうね?(笑)

 

なんだか妄想で書いてしまってすいません♪

たつを 空手部時代

そして、自分史なんですが、、、

僕は中学3年生のときにカウンターに失敗して前歯が折れて、鼻の骨が曲がりました(笑)

それ以降、組手をするのが怖くてね。。。

拳が顔の近くにくると、目を閉じてしまうようになってしまって。

 

それでも高校の空手部に入って、空手をしてました。

僕が初めて組手で入賞したのは、92年の5月に出た道場から出場した試合でした。

結果はいわゆるベスト8やったんですが、これが初めて組手で入賞した瞬間でした。

 

この頃は茶色帯やったんですよね(笑)

高校に入ってから昇段試験受けましたから♪

 

にしても、若いっ(笑)

たつを 空手部時代

高校に入ると、一年生は白帯で練習します。

これは夏の部活後です。

きっと背が伸びるだろうと、大きめの道着を買ったのを覚えてます(笑)

 

この頃から、やはり組手では勝てなくなって型に専念することにします。

そして、試合に出るために昇段試験を受け、夏に初段となりました。

いわゆる黒帯になったわけです。

嬉しかったなぁ〜♪

 

実はちょうど空手を辞めようかなって思ったのもこの時期で、組手ができないのが空手マンとして生存意味があるのかと迷ったのもあります。

でも親父から言われた言葉がありました。

 

「なにかをはじめたら2桁、、、10年続けてみぃ、、、何かが変わる。それから辞めたらいい。今まで続けてきたことの花が咲くまでやってみぃ。結果はわからんけど、何かが変わると思うから」

 

普段、ほんまに無口な親父が放った一言でした。

この言葉があったので、高校3年間はなにがあっても続けようと思いました。

一年生の頃は先輩にアホみたいな回数、腕立て伏せをさせられたこともありました。

組手でもボコボコにもされました(笑)

今となればほんとに頑張ってよかったって思えます。

たつを 空手部時代

そして、1年生の総体から団体型でレギュラーを取りました。

一番、右上の人が僕です。

黒帯になってるでしょ?(笑)

 

総体が僕の家の近くの金岡体育館で開催されました。

家から歩いて5分。

両親が見にくるわけです。

もちろん、初めての試合で、試合前の練習から足はガタガタ震えてどうなることかと思いました。

 

結果は見事に優勝!

もうほんまに嬉しい瞬間でした。

たつを 空手部時代

そのあと、11月に東海大仰星で行われた試合、、、

なんと個人の型の部門で試技をやることになりました。

僕の演舞が平均点になるわけです。

思い返せば、1年の頃からいい経験をさせてもらいました。

 

大阪総体の優勝から高校3年生まで、団体型は12連覇!

「高校時代全勝で引退」を目標に、目指した最後の試合で負けるという、悲惨なドラマを背負って空手部を引退しました(笑)

人生、、、そんなもんですよね♪

 

輝かしくも切ない、空手時代の思い出話でした。

 

空手部時代のみんな元気にしてるかな?

2020年、空手が正式にオリンピック種目になればいいですよね♪

 

なんかCMの話から、思い出に浸ってしまってすいません(笑)